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先日の京都行きで、高速を降りてからまっすぐに向かった先は、ここでした。 山号が「東山(とうざん)」だそうです。 総門のそばでは、椿の花が出迎えてくれました。 通称は「銀閣寺」ですが、この慈照寺には、本堂(方丈)、庫裡、書院、東求堂、銀閣(観音殿)など、多くの建物があります。 「銀閣(観音殿)」は、この慈照寺にある建物の中の一つです。 総門をすぎると、「銀閣寺垣(ぎんかくじがき)」と呼ばれる椿の垣根の通りがあります。 実は、むーちゃんパパは41年振りにここを訪れたのですが、この「銀閣寺垣」は記憶にありません。 むーちゃんママも30数年振りに訪れたのですが、記憶にないそうです。 いったい、いつからこのような「銀閣寺垣」があるのでしょう、、、。謎です。 入ると、まず目につくのが、この『向月台(こうげつだい)』です。 京都の白川砂という白い砂を固めて作ってある円錐台です。 そして、その先、本堂の前には、『銀沙灘(ぎんしゃだん)』があります。 銀閣と言えば、こういう写真を見かけたりすることもあります。 さて、今回の平安京行きですが、時間的制約もあり、観光できるとすれば1カ所だけだろうと思い、この通称「銀閣寺」にしました。 それは、以前に見た、某国営放送のテレビ番組の印象がとても強かったからです。 【ハイビジョン特集『銀閣よみがえる~その500年の謎~』(2010年5月30日放送)】 某国営放送で放送された番組は、オンデマンドに登録されていたり、DVDが発売されていたりします。 ところが、この番組はDVDでもオンデマンドでも見ることができません。どうしてなのでしょう? 謎です。 製作は、どうやら、別の会社が請け負ったようです。 番組の内容についても、【その会社のサイト】で少しふれてあります。 私にとって、特に記憶に残っているのは、、、 『向月台が月の光を反射し、その光は、2階の屋根の裏側に貼られた銀箔でもう一度反射して、 2階の窓から部屋の中を照らす』 というお話でした。 つまり、こういう感じの内容を、まるで大発見のように放送されていた記憶があるのです。 しかし、、、実物を見たときに、なんとなく、、、ちょっと違うんじゃない?みたいな気もして、、、 帰ってきてから少し調べてみたのです。 まず、グーグルの地図の写真で見てみましょう。向月台は銀閣の右上にあります。 これは上が北、右は東になります。ですから、向月台は銀閣の北東方向にあります。 向月台が月の光を反射して銀閣を照らすためには、月は北東の方角になければなりません。 しかし、果たして、そういう方角から月が照らすのでしょうか? そこで、よく拝見している、『こよみのページ』でチェックしてみました。 これは、今年(2014年)の9月の初めから中旬までの月の出と方角です。 例えば、今年(2014年)の中秋の名月は、9月9日です。その日の京都での月の出は18時12分で方角は92度。 つまり、真東よりも2度だけ南側の地平線から月が出ます。 しかし、銀閣の東側には、山があります。月が山の上に出てしまって向月台を照らすには、せめて30度程度は上空にのぼっていないとだめでしょう。 もちろん、この他に、1月〜12月の他の月もチェックしました。 月だけでなく、多くの天体は、北半球の日本の位置から観測する場合、東からのぼる時、南よりに斜めにのぼって南の方に移動していきます。 だから、北東の方角、つまり45度ぐらいから月が向月台を照らすことは、、、ありえないですね。 それから、また少し調べていると、興味深い記事を発見しました。 山本哲三さんという方の『Stone Work』というサイトの、 【古天文話し「銀沙灘と月」(99/9/19~07/12/8)】です。 この記事がUPされたのは、1999年9月19日で、最新更新日が2007年12月8日となっています。 この記事の前半部分を引用させていただくと、、、。 (↑ちなみに、足利義満は3代将軍で、その孫の足利義政は8代将軍です。) やはり、向月台が月の光を反射して銀閣の内部を照らすというのは、ありえないことなのですね。 しかも、この記事が書かれた1999年の段階で、そのことがわかっていたのですね。 「京の魅力」を書かれた中村直勝氏は、ちょっと義政に肩入れをされたのですね。 さらに調べていくと、色々なことが、、、。 2007年の学術調査の結果、銀閣の壁には銀箔は使われていなかったことが判明したそうです。 じっさい、『銀閣』という呼称は、江戸時代以降の文献で初めて登場するそうで、室町時代には、そのようには呼ばれていなかったようです。 そして、2008年から2010年にかけて、耐震補強等の大規模な修復がされました。 その時に判明したのは、銀閣の壁面には黒漆が塗られていたということでした。 ですから、この写真に写っている2階の屋根の裏側や壁の一部がなんとなく白っぽいのは、銀箔が貼られていたわけではないのですね。 窓の枠は黒っぽく見えますが、そこには黒漆が塗られていたのですね。 障子、つぎはぎしてありますね。 さて、2007年や2008年から2010年の大規模な調査・補修で判明した、創建当時の様子は、このようなものだったそうです。 これは、お土産物屋さんの横に展示してあります。壁の部分は黒漆で真っ黒ですね。 侘び寂びの文化にしては、けっこうカラフルだと思ったりもするのですが、宇治平等院鳳凰堂のような派手な朱色の建物に比べれば、やはり武士らしくてシックなのかもしれません。 それに、義政が住んでいたこの東求堂は、やっぱり侘び寂びの文化っぽいですね。 ついでですが、向月台と銀沙灘は、どうやら江戸時代の1639年に作られたようです。 つまり、足利義政の時代には、なかったようです。 その時代には、この向月台の場所に東求堂が建っていて、後に現在の場所に東求堂が移築されたとか、、、。 その後、室町時代の1558年の北白川攻防戦により、銀閣と東求堂以外は消失してしまったとか、、、。 銀沙灘も、1639年に作られた時と現在とでは、形が違うようです。 江戸の安永年間(1772~1781)の地図と、寛政年間(1789~1801)の地図では、銀沙灘の形が違っていて、寛政の地図のものに近いとか、、、。 つまり、某国営放送の番組は、中村直勝氏の書かれた「京の魅力」に肩入れしてしまったのかもしれません。 それで、向月台で月の光を反射して、、、という番組になってしまったのかもしれません。 そして、それでは、現実とはそぐわないので、オンデマンドでも見られないようになったのでしょうか。 まあ、謎ですね。 ちなみに、山本哲三さんの記事に出てくるニフティサーブですが、私も1994年の4月からニフティのメンバーです。(ニフティに加入する前は、1年間、地元のネットワークでパソコン通信をしていました。) 当時はインターネットではなくパソコン通信でした。 電話回線とモデムを利用し、文字による情報が中心でした。 その後、インターネットが発達し、ダイヤルアップ接続が、ADSLや光回線に進化しました。 ニフティサーブのフォーラムは、インターネット時代になっても続いていたのですが、時代は変化するものですね。 フォーラムが廃止されたのは、2006年のことでした。 続く、、、かも。 さあ、ゆっくりゆっくり頑張るのだワン〜。 ゆっくりゆっくり頑張るのだワン〜。 All Rights Reserved なお、記事の下に広告が入っている場合、エキサイトさんが載せている広告です。ブログ管理者が掲載しているのではありません。
by inzei_com4
| 2014-04-04 15:43
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